三段峡

三段峽[指定名勝]
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

横川駅の西北約63km、戸河内町および八幡村にまたがり、自動車の便があります。横川から可部、加計を過ぎ戸河内の本郷を経て峡の南口の柴木下車、帰途は北口八幡の樽床から本郷に出て帰る三段峡遊覧券を利用するのが便利です。太田川上流の谿谷八幡、柴木両川およびその支流沿岸、幅約8km、長さ20kmにわたり、豪壮な飛瀑があり、静かに流れる深淵があり、切り立った絶壁、洞窟があり、昼でも暗い自然のままの林あり、特に瀑布の多いことでは他に比べるものがないと称されます。景勝は50ほどもあり、猿飛、二段滝、三段滝、竜門、三つ滝は峡中の五大壮観といわれます。三段滝は3段となった瀑布で、峡名もこれに基づいています。晩春初夏の頃はツツジ、ヤマブキ、フジなどが美しく競演し、夏は滴るような濃い緑があり、秋は山全体が紅葉して岩容水態とあいまって峡谷美を現し、中国地方第一の紅葉郷といわれます。近年名勝地として指定されてから、探勝者が増えています。旅館は南口の柴木に羽田ホテル、鋏の中央藤ヶ瀬に羽田山荘、楓林館、餅の木にますや、北口樽床に峡北館があります。

峡の南口柴木で自動車を降りて柴木川を渡り、長淵、蝙蝠岩を見てさらに上流に進めば竜の口があります。竜の口というのは河床に臥する巨岩が穿たれて幅2m、長さ20mの石樋となり、急湍滔々飛沫濛々奔雷のように青藍の大深淵に渦巻き入っています。栂崎に行くと正面に五立の険崖が仰がれます。五立とは数十mに達する5つの岩峰が連なりそびえて行く人を圧倒するものです。その五立の岩根の下を過ぎ、鵯越の険坂を越え、女夫淵、石樋の景勝を見つつ進めば、天狗ヶ岳の大絶壁や円錐形をした塔岩が目を驚かせます。天狗ヶ岳は高さ約300m、壁面約450mに達する花崗岩の大露出です。瀬戸を過ぎると道はまた一大断崖に突き当たります。これが峡中で五大壮観に準じる勝地、黒淵です。右へ山を越すのが順路ですが、景趣を味わうには舟に乗る必要があります。淵は長さ110mあまり、両側は高さ15mから100mに近い断崖絶壁が連なって、有名な紺碧の黒淵に影を映し、竜の口の動的景観に対して静寂な景趣を現しています。

黒淵から仏岩、王城、地獄谷、立岩、出合淵等の奇勝を見て進めば八幡川、横川の合流して柴木川となるところ、藤ヶ瀬に至ります。このあたりは峡の中央にあたり、ここから西南へ横川に沿って上れば猿飛、二段滝の秀景が見られます。猿飛は岩壁の高さ21m、長さ85m、水面幅5m、水深7mあまりの深淵です。扁舟に棹して峡門に入れば、高い両壁とその上に生い茂る緑樹のために昼なお暗く、神秘的な雰囲気があります。猿飛の峡門を出るとごうごうと落ちる滝の音が耳を聾します。これが二段滝で、また裏見の滝と呼ばれ、高さ約20m、幅約6m。2段となって落ち、広さ826m²の滝壺があります。翠緑に囲まれて風趣幽邃、紅葉の時最も美しい景観を呈します。

横川からさらに西に分かれる支流田代川の川口から上流約4kmのお岩淵までを奥三段峡といい、その中央部の蜘蛛淵はこの峡谷中の第一景観です。この奥三段峡は未だ名勝に指定されていません。

柴木川の本流に戻り、藤ヶ瀬から八幡川峡谷を溯れば峡中随一の勝景三段滝があります。一条の飛瀑がまずはるかに岩頭に落ち、次で二条となり、さらに三条となって深淵に落ちています。全高30mあまり、水勢はどうどうと岩に激しくぶつかり、飛び散って水煙となり、喧紛咆哮して山谷に轟きます。このあたり、両岸が崖となって道がなく、左に簡易な桟道を懸けてあり利用できます。桟道に立ってこの壮絶凄絶の景観を見れば、足が震えるほどです。

三つ滝を後にしてさらに進めば高さ約100mの絶壁郭公岩および玉緒滝の景勝あり、餅の木集落を過ぎると冬期にオシドリが来て雛を育てる鴛鴦淵や、細長く優しい繰糸滝があり、やがて峡中五大観に数えられる竜門と三つ滝の勝が現れる。竜門は両岸の岩壁が鮮やかな節理を示して等しく左に傾き、両壁の間隔はわずかに4.5mの長門をなし、門の尽きるところに大小2滝が水煙をあげて落ち込んでいます、岩容水態は南画そのままの景勝です。三つ滝は峡中最奥の勝概で三曲滝ともいい、三段滝の雄滝に対して雌滝ともいいます。滝は川の屈曲点に懸かり、3段となり3つに曲がって瀑壺に落ち込んでいます。

三つ滝から左の丘へ上れば、今までの深山幽谷の趣とは全然異なった広々とした山野が開けます。これが八幡高原でやがて樽床の人家が見えてきますが、三段峡北口の八幡の一集落で、そこから裏三段峡を通って戸河内の本郷へ自動車で出ることになります。

※底本:『日本案内記 中国・四国篇(初版)』昭和9年(1934年)発行
三段峡三段滝

令和に見に行くなら

名称
三段峡
かな
さんだんきょう
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
広島県山県郡安芸太田町
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

橫川驛の西北約六三粁、戶河內町及八幡村に跨り、自動車の便がある。橫川から可部、加計を過ぎ戶河內の本鄕を經て峽の南口の柴木下車、歸途は北口八幡の樽床から本鄕に出て歸る三段峽遊覽券によるが便利である。太田川上流の谿谷八幡、柴木兩川及その支流沿岸、幅約八粁、長さ二〇粁に亙り、豪壯なる飛瀑あり、淸寂なる深淵あり、慘憺なる絕壁、洞窟あり、晝尙暗き處女林あり、特に瀑布の多きことは他に稀であると稱される。景勝五十有除の多きに達し、猿飛、二段瀧、三段瀧、龍門、三つ瀧は峽中の五大壯觀と云はれる。三段瀧は三級の瀑布で、峽名もこれに基づいて居る。晚春初夏の候躑躅、山吹、藤等妍を競ひ、夏は翠綠滴るが如く、秋は滿山紅葉して岩容水態と相俟つて峽谷美を現じ、中國第一の紅葉鄕と云はれる。近年名勝地として指定されてから、探勝者が日に加はつた。旅館は南口の柴木に羽田ホテル、鋏の中央藤ケ瀨に羽田山莊、楓林館、餠の木にますや、北口樽床に峽北館がある。

峽の南口柴木にて自動車を降りて柴木川を渡り、長淵、蝙蝠岩を見て尙上流に進めば龍の口がある。龍の口と云ふは河床に臥する巨岩が穿たれて幅二米、長さ二〇米の石樋となり、急湍滔々飛沫濛々奔雷の如くに靑藍の大深淵に渦卷き入つて居る。栂崎に行くと正面に五立の險崖が仰がれる。五立とは數十米に達する五箇の岩峯が連り聳えて行人を壓するのである。その五立の岩根の下を過ぎ、鵯越の險坂を越え、女夫淵、石樋の勝を見つゝ進めば、天狗ケ嶽の大絕壁や圓錐形をなした塔岩が目を驚かす。天狗ケ嶽は高さ約三〇〇米、壁面約四五〇米に達する花崗岩の大露出である。瀨戶を過ぎると道はまた一大斷崖に突當る。これが峽中五大壯觀に準ずべき勝地黑淵てある。右へ山を越すのが順路であるが、景趣を味ふには舟によらねばならぬ。淵は長さ一一〇米餘、兩側は高さ一五米から一〇〇米に近い斷崖絕壁が連つて、名にし負ふ紺碧の黑淵に影を映じ、龍の口の動的景觀に對して靜寂なる景趣を現して居る。

黑淵から佛岩、王城、地獄谷、立岩、出合淵等の奇勝を見て進めば八幡川、橫川の合流して柴木川となる所藤ケ瀨に至る。この邊は峽の中央に當り、こゝから西南へ橫川に沿うて上れば猿飛、二段瀧の秀景が見られる。猿飛は岩壁の高さ二一米、長さ八五米、水面幅五米、水深七米に餘る深淵てある。扁舟に棹して峽門に入れば、高き兩壁とその上に生ひ茂れる綠樹の爲に晝尙暗く、陰凄の氣を漂はせ神祕の感を起させる。猿飛の峽門を出ると鞺鞳たる瀧の音が耳を聾する。これが二段瀧で、また裏見の瀧と呼ばれ、高さ約二〇米、幅約六米。二段となつて落ち、廣さ八二六方米の瀧壺を有する。四邊翠綠を負うて風趣幽邃、紅楓の時最美しき景觀を呈する。

橫川から更に西に分れる支流田代川の川口から上流約四粁のお岩淵までを奧三段峽と云ひ、その中央部の蜘蛛淵はこの峽谷中の第一景觀である。この奧三段峽は未だ名勝に指定されて居ない。

柴木川の本流に戾り、藤ケ瀨から八幡川峽谷を溯れば峽中隨一の勝景三段瀧がある。一條の飛瀑先づ遙に岩頭に落ち、次で二條となり、更に三條となつて深淵に落つ。全高三〇米餘、水勢滔々岩に激し、散じて水煙と化し、喧紛咆哮して山谷に轟く。この邊、兩崕峭立して途無し、左に危き棧道を懸けて行步に便す。棧道に立つてこの壯絕凄絕の景觀を見れば、自ら足の戰くを覺ゆる。

三つ瀧を後にして尙進めば高さ約一〇〇米の絕壁郭公岩及玉緖瀧の勝あり、餠の木部落を過ぎると冬期鴛鴦の來て雛を育つる鴛鴦淵や、細長く優しい繰絲瀧があり、やがて峽中五大觀に算へらるゝ龍門と三つ瀧の勝が現はれる。龍門は兩岸の岩壁が鮮かな節理を示して等しく左に傾き、兩壁の閒隔僅に四米半の長門をなし、門の盡くるところに大小二瀧が水烟を漲らせて落ち込む、岩容水態南畫その儘の景勝である。三つ瀧は峽中最奧の勝槪で一に三曲瀧とも云ひ、三段瀧の雄瀧に對して雌瀧とも云ふ。瀧は川の屈曲點に懸り、三段となり三つに曲つて瀑壺に落ち込んで居る。

三つ瀧から左の岡へ上れば、今までの深山幽谷の趣とは全然異つた廣濶な山野が展ける、これが八幡高原でやがて樽床の人家が見ゆる、三段峽北口の八幡の一部落で、そこから裏三段峽を通つて戶河內の本鄕へ自動車で出るのである。

三段峡のみどころ