佐貫石仏
昭和初期のガイド文
下野電気鉄道船生駅の東南約2.7km、船生村佐貫にあり、鬼怒川の北岸に位置する景勝地です。この石仏は高さ約60mに及ぶ石英粗面岩の南壁に線彫りで表現された、大日如来の巨大な座像です。蓮座から頭上までの高さは約18m、顔の長さは約3m、幅は約1.6mあり、顔面の輪郭は雄大で、鎌倉時代の作と考えられています。現在、史跡として指定されています。
仏像の上方には「宝蔵」と呼ばれる岩窟があります。この岩窟へは岩頭から吊るされた綱を使ってようやく到達できます。古くから、この岩窟は60年ごとに開帳されてきたと伝えられ、明治12年(1879年)の開扉時には銅板や和鏡などが発見され、それらは村の有志によって保管されています。銅板には表面に15体の仏像が鋳造されており、裏面には約700年前、この岩窟を修造した際の銘文が刻まれています。
銘文
下野国
氏家郡讃岐郷巌堀
修造事
勧進沙門満阿弥陀仏
大檀那右兵衛尉橘公頼
建保五年(鎌倉時代、1217年)丁丑二月彼岸第
三日 金銅仏奉堀
出畢
令和に見に行くなら
- 名称
- 佐貫石仏
- かな
- さぬきせきぶつ
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 栃木県塩谷郡塩谷町佐貫
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
同船生驛の東南二粁七、船生村佐貫、鬼怒川の北岸、景勝の地にある。石佛は高さ約六〇米に餘る石英粗面岩の南壁に線彫によつて現はされた巨大な大日如來の坐像である。蓮座より頭上までの高さ約一八米、顏の長さ約三米、幅一米六ある。顏面の輪郭雄大、鎌倉時代の作と思はれる。今史蹟として指定されて居る。
佛像の上方に岩窟がある。寶藏と稱し岩頭からつるされた綱によつて辛うじて達することが出來る。この岩窟は古來六十年毎に開帳されたと傳へ、明治十二年に開扉された時、銅板及和鏡などを取り出し、そのまま村の有志によつて保管されて居る。銅板は表面十五體の佛像を鑄出し、裏には七百餘年前この岩窟を修造した時の銘文が刻してある。
銘文
下野國
氏家郡讃岐郷巖堀
修造事
勸進沙門滿阿彌陀佛
大檀那右兵衞尉橘公賴
建保五年丁丑二月彼岸第
三日 金銅佛奉堀
出畢