信貴山(朝護孫子寺)
信貴山(朝護孫子寺)
昭和初期のガイド文
[古義真言宗] 王寺駅で乗り換え、信貴生駒電車の信貴山駅から西北約1km、信貴山の東中腹に位置しています。この寺院は別名として志貴山寺、毘沙門堂、歓喜院、孫子寺などとも呼ばれ、聖徳太子の草創と伝えられています。延喜年間(平安時代、901~923年)には明蓮(命蓮)上人によって中興されました。現在の堂宇は豊臣秀頼による再建で、本尊の毘沙門天像が安置されています。ほかにも護摩堂、多宝塔、開山堂、命蓮上人墓があり、玉蔵院、成福院、千手院などの宿坊も点在しています。また、山上には松永弾正の信貴山城址があり、空鉢護法堂もあります。この寺院は楠木氏とも深い縁があり、楠木正成の母が本尊の毘沙門天に祈願して正成を授かったとされています。さらに、護良親王もこの地に滞在されたことがあります。
- 宝物
- 金銅鉢[国宝]一口 高さ約15cm、口径約85cm。「聖徳君奉施入金御鉢一口施主前上総講師寛運 延長七年歳次己丑(平安時代、929年)」との銘文があり、貴重な遺品です。
- 志貴山縁起[国宝]紙本墨書 三巻 奈良国立博物館に出陳中。
- 武器[国宝]三種:兜一頭、袖一双、喉輪一懸。楠木正成が使用したと伝えられ、奈良国立博物館に出陳されています。
※底本:『日本案内記 近畿篇 下(初版)』昭和8年(1933年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 信貴山(朝護孫子寺)
- かな
- しぎさん(ちょうごそんしじ)
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 奈良県生駒郡平群町信貴山2280-1
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
[古義眞言宗] 王寺驛乘換、信貴生駒電車信貴山驛の西北約一粁、信貴山の東中腹にある。志貴山寺、毘沙門堂、歡喜院、孫子寺の別稱があり、聖德太子の草創と傳へ、延喜年間明蓮(命蓮)上人の中興と云ふ。現時の堂宇は豐臣秀賴の再營で、本尊毘沙門天像を安置する本堂、護摩堂、多寶塔、開山堂、命蓮上人墓その他、玉藏院、成福院、千手院等の宿坊あり。山上の松永彈正信貴山城址に空鉢護法堂がある。この寺楠氏と因緣深く、正成の母本尊毘沙門天に祈りて正成を生みたりと云ひ、護良親王もこゝに駐在し給うたことがあつた。
- 寶物
- 金銅鉢[國寶]一口 高さ五寸餘、口徑約二尺八寸で、聖德君奉施入金御鉢一口施主前上總講師寛運 延長七年歲次己丑の銘文あり、紀年を有する點に於いて貴重な遺品である。
- 志貴山緣起[國寶]紙本墨書 三卷 奈良帝室博物館出陳
- 武器[國寶]三種 兜一頭、袖一雙、喉輪一懸、楠木正成所用と傳へて居る。奈良帝室博物館出陳