霊山寺

靈山寺

昭和初期のガイド文

[古義真言宗] 大軌(近鉄)富雄駅の南約2キロメートル、生駒郡富雄村の中心部に位置しています。この寺院は天平勝宝8年(奈良時代、756年)に、婆羅門僧・遷那と行基菩薩によって創建されたと伝えられています。

本堂[国宝] 本堂は桁行5間、梁間6間の単層建築で、入母屋造・本瓦葺の形式です。棟札には「弘安六年(鎌倉時代、1283年)癸未十一月四日大工頭末清引頭国重」の銘があり、この建築が当時のものであることが分かります。本尊は薬師如来及び両脇侍像の3体で、木造です。これらの像は、平安時代初期の様式から藤原時代の様式へと移行する過渡期の特色を示しており、国宝に指定されています。また、中尊の胎内からは「釈迦牟尼仏弟子比丘得勢、女秦三子」と記された墨書銘や、紙本墨書「治暦二年(平安時代、1066年)十二月十四日」の願文が発見されており、これらも国宝に指定されています。

三重塔[国宝] 三重塔は三間三層の塔婆で、初重は桟瓦葺、二重は杮葺、三重は檜皮葺となっています。本堂と同様に鎌倉時代の建築で、当時の特質をよく示しています。

  • 宝物
  • 阿弥陀如来坐像[国宝]木造 一軀 藤原時代の作
  • 大日如来坐像[国宝]木造 一軀 藤原時代の作
  • 十二神将立像[国宝]木造 十二軀 鎌倉時代の典型的な作例で、おそらく弘安の再興時に制作されたものと考えられています。
  • 次の宝物は奈良国立博物館に出品されています。
  • 十一面観音立像[国宝]木造 一軀
  • 持国天・多聞天立像[国宝]木造 二軀
  • 華鬘[国宝]木製 二枚
  • 弥陀三尊像[国宝]瓦製 一枚
※底本:『日本案内記 近畿篇 下(初版)』昭和8年(1933年)発行

令和に見に行くなら

名称
霊山寺
かな
りょうせんじ
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
奈良県奈良市中町3879
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

[古義眞言宗] 同富雄の南二粁、生駒郡富雄村中にある。天平勝寶八年、婆羅門僧遷那、行基菩薩と倶に創建したと云ふ寺である。

本堂[國寶] 桁行五間、梁間六間、單層、入母屋造、本瓦葺で、棟札に弘安六年癸未十一月四日大工頭末清引頭國重の銘ありて建立年代を知る事が出來る。安置の本尊は藥師如來及兩脇侍像三軀で木造、平安時代初期の樣式から藤原時代の樣式に移る過渡時代の特色を表はした作品で國寶であるが、中尊の胎內に「釋迦牟尼佛弟子比丘得勢、女秦三子」の墨書銘及紙本墨書治曆二年十二月十四日の願文があり、像と共に國寶に指定されて居る。

三重塔[國寶] 三間三層塔婆、初重桟瓦葺、二重杮葺、三重檜皮葺、本堂と同じく鎌倉時代の遺構で、よく當時の特質を示して居る。

  • 寶物
  • 阿彌陀如來坐像[國寶]木造 一軀
  • 大日如來坐像[國寶]木造 一軀
  • 共に藤原時代の作である。
  • 十二神將立像[國寶]木造 十二軀 鎌倉時代の典型的の像で恐らく弘安再興の折の作であらう。
  • 左記寶物は奈良帝室博物館出陳
  • 十一面觀音立像[國寶]木造 一軀
  • 持國天多聞天立像[國寶]木造 二軀
  • 華鬘[國寶]木造 二枚
  • 彌陀三尊像[國寶]磚製 一枚