秋篠寺
昭和初期のガイド文
[真言律宗総本山] 大軌(近鉄)西大寺駅の北東約1キロメートル、平城村秋篠にあります。
この寺は、光仁天皇と桓武天皇の発願により、宝亀年間(奈良時代、770~781年)に善珠僧正が開基しました。当初は七堂伽藍が整備された大寺でした。また、古くから宮中で大元帥明王の修法が行われる際、その香水と壇土はこの寺から供出されていました。しかし、保延元年(平安時代、1135年)の火災によって堂塔が焼失し、講堂と仏像だけが残りました。その後、寺勢は次第に衰退していきました。
本堂[国宝] 現在の本堂は、かつて伽藍にあった講堂を鎌倉時代初期に大規模修理したもので、五間四面の単層四注造、本瓦葺きの建築です。全体的には奈良時代の古建築の風格を伝えつつ、細部の桝組、虹梁、天井の装飾には鎌倉時代の特徴が現れています。この建物は純和様建築の代表例として高い評価を受けています。
本尊木造薬師三尊像[国宝] 本堂に安置されている本尊です。この薬師如来と両脇侍像は、藤原時代(平安時代)の作品で、特に両脇侍像の表情や造形に独特の様式が見られます。
伎芸天像[国宝] 頭部が乾漆、体躯が木造で作られています。頭部は奈良時代の乾漆像で、男性的で凛々しい中にも優雅さを備えた表情が特徴的です。一方、木造の体躯は鎌倉時代に補作されており、その力強い彫刻技術によって頭部の面貌と調和しています。これにより、完成度の高い天部像として現在まで伝えられています。
大元帥明王堂 このお堂は三間三面の入母屋造で、近年に建てられたものです。中に安置されている本尊・大元帥明王像は国宝に指定されています。この像は木造彩色、高さ約1.97メートル(6尺5寸)の一面六臂の姿で、蓮華の上に半裸で立ち、頭髪を逆立て筋肉が逞しく表現されています。また、首や腰、手足には蛇を巻きつけ、威厳に満ちた忿怒相を表しています。玉眼を使用せず、古風な彫刻技術が見られるこの像は、鎌倉時代の作品であり、現存する最古の大元帥明王像です。
- 宝物
- 以下の宝物は奈良国立博物館に出展されています。
- 梵天立像[国宝]木造 1体 安阿弥作と伝わる
- 救脱菩薩立像[国宝]木造 1体 法橋作と伝わる
- 帝釈天立像[国宝]木造彩色 1体
- 十一面観音立像[国宝]木造 1体 安阿弥作と伝わる
- 地蔵菩薩立像[国宝]木造 1体
令和に見に行くなら
- 名称
- 秋篠寺
- かな
- あきしのでら
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 奈良県奈良市秋篠町757
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
[眞言律宗總本山] 大軌西大寺驛の東北一粁、平城村秋篠にある。
當寺は光仁桓武兩帝の本願、寶龜年間善珠僧正の開基である。當初は七堂伽藍の整備せる大寺であつた。古來宮中に於て大元帥明王御修法を催される時には、その香水と壇土をこの寺に取られた。然るに保延元年火災に堂塔燒亡して、唯だ講堂と佛像とを遺すのみであつて、以後次第に衰頽した。
本堂[國寶] 舊伽藍の講堂を鎌倉初期に大修理したもので五間四面、單層四注造本瓦葺の建築である。大體は奈良時代古建築の風格を傳へ、細部の手法桝組、虹梁、天井等には鎌倉時代の特徵を現はし、純和樣建築の面目を有して居る。
本尊木造藥師三尊像[國寶] 本堂安置、兩脇侍の形相に特異の形式を存する藤原時代の作である。
技藝天像[國寶] 頭部乾漆、體軀は木造、身首その材料の異なる如く製作年代を異にする。頭部は男性的の凛々しい相好の中に優雅溫麗の氣を含み、奈良時代乾漆像中天部の面貌として異彩を放つて居る。かゝる尊い乾漆の首に木造の體軀を補作した鎌倉時代彫刻は、雄健な手法を以てその凛然たる面貌に調和せしめ、こゝに完好な天部像となした。
大元帥明王堂 堂は三間三面入母屋造、近年の建築であるが、本尊は有名な大元帥明王像で國寶に指定されて居る。木造著色高六尺五寸、一面六臂踏割、蓮花上半裸の立像にして頭髮逆立ち筋肉逞しく、首、手足、腰に蛇を纒ひ、威力充實の忿怒相を示して居る。玉眼を用ゐず、刀法に古風の存する鎌倉時代の作で、彫像として現存する最古の大元帥明王像である。
- 寶物
- 左記寶物は奈良帝室博物館へ出陳
- 梵天立像[國寶]木造 一軀 傳安阿彌作
- 救脫菩薩立像[國寶]木造 一軀 傳法橋作
- 帝釋天立像[國寶]木造著色 一軀
- 十一面觀音立像[國寶]木造 一軀 傳安阿彌作
- 地藏菩薩立像[國寶]木造 一軀
