井原西鶴の墓
井原西鶴墓
昭和初期のガイド文
市電上本町五丁目下車、上本町四丁目誓願寺にあります。仙皓西鶴と題し、江戸時代中期の元禄6年(1694年)8月門人下山鶴平、北条園水が建てたものです。西鶴は大阪の人で、浮世草紙数十種を著作した軟文学の巨匠で、また俳人としても知られています。寺内に中井甃庵、竹山、履軒ら同家代々の墓もあります。なお付近の念仏寺には江戸時代の電気学者橋本曇斎の墓があります。
※底本:『日本案内記 近畿篇 下(初版)』昭和8年(1933年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 井原西鶴の墓
- かな
- いはらさいかくのはか
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 大阪府大阪市中央区上本町西4-1 誓願寺内
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
市電上本町五丁目下車、上本町四丁目誓願寺にある。仙皓西鶴と題し、元祿六年八月門人下山鶴平、北條園水の建てたものである。西鶴は大阪の人、浮世草紙數十種を著作した軟文學の巨擘で、また俳人としても知られて居る。寺內に中井甃庵、竹山、履軒等同家累代墓もある。尙附近の念佛寺には江戶時代の電氣學者橋本曇齋墓がある。